漢方は生薬の足し算の叡智(サイエンティストの立場から)

漢方は生薬の足し算の叡智(サイエンティストの立場から)

僕がサイエンティストの立場から、漢方の魅力を語るストーリーをちょっとご紹介します。

キーワードは「漢方は生薬の足し算の叡智」です。足し算の反対はなんでしょうか? そうです「引き算」ですよね。まず引き算で薬が作れるようになったのは最近200年のことなのです。僕は1804年が引き算元年とお話しするのです。1804年は日本では華岡青洲が乳がんの患者さんに世界で最初と言われる全身麻酔を行った年です。同じ1804年に麻薬である阿片から、その病的に気持ち良くなる成分が分離できたのです。化学がその時代に進歩したからです。そして阿片の分離精製された成分に名前を付けました。それが皆さんご存知の「モルヒネ」です。モルヒネは始めて分離精製された植物アルカロイドなのです。その後引き算の技術は指数関数的に進歩して現代の西洋医学の薬剤を作り出していったのです。

1804年より昔には引き算はできません。遙か昔から、ある症状に、ある訴えに効果がある生薬は実際に人間が食べて解っていました。先人が命がけで集めた生薬と薬効の知恵です。そんな生薬の効果を増すために、副作用を減らすために、まったく新しい効果を導くために生薬を足し合わせていったのです。それが漢方の進化の歴史と思っています。

そこでサイエンティストとして他人を納得させることができる実験を多数行いました。すべてが成功する訳ではありません。無数の実験から得られた価値ある結果から、今回は解りやすい順番でお話しを進めます。

まず、実験のモデルは僕が1993年から1998年の5年間、英国オックスフォード大学博士過程で学んだ移植免疫学を基盤にするものです。黒色のネズミの心臓を茶色のネズミに移植すると拒絶反応が起こって8日で心臓は止まります。

【実験 ①】

柴苓湯という漢方薬を8日間連続で通常量の10倍を与えると免疫制御細胞が誘導されて心臓は100日以上止まりません。免疫制御細胞という免疫の指令を司るシステムが向上するのです。柴苓湯は12種類の生薬から構成されます。そこで生薬をひとつずつ抜いた11種類からなる柴苓湯もどきを作成しました。不要な生薬があれば、それを抜いても100日以上心臓は拒絶されないはずです。ところがどの生薬を抜いても100日には全く届きませんでした。つまり、12種類すべての生薬が必要ということが証明できたのです。「漢方は生薬の足し算の叡智」をマウスの移植モデルが説明してくれました。

https://europepmc.org/abstract/med/19543054

【実験 ②】

今度は当帰芍薬散を試しました。10倍量を8日間与えると、なんと50日は拒絶が起きませんでした。しかし、今度は柴苓湯のパターンとは異なり、当帰芍薬散を構成する6つの生薬のうち二つ、つまり芍薬と川芎があれば、心臓は100日近くまで止まらないことが解りました。一方で、茯苓という生薬が加わるとその効果は一気に減弱するのです。今回は「漢方は生薬の足し算の叡智」という結果ではなく、足を引っ張る生薬が存在するという結果でした。確かに温める漢方薬なのに冷やす生薬が含まれていることは普通に経験します。

http://europepmc.org/abstract/MED/21943639

【実験 ③】

次は茵陳五苓散を試しました。こちらは10倍量を8日間与えると30日近く心臓は止まりません。構成生薬は6種類ですが、なんと茵蔯蒿というひとつの生薬だけを与える時が最も有効でした。今回も「漢方は生薬の足し算の叡智」という結果ではなく、ひとつが偉いという結果でした。確かに漢方でも麻黄や大黄、そして附子などは、ひとつが偉く、それを増量すると効果は用量依存性に増加するのです。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3395131/

【実験 ④】

僕の師匠、松田邦夫先生のご経験に、当帰芍薬散の臭いで妊娠するというのがあります。西洋医としてはそんなことはにわかには信じられません。そこで実験をするのです。マウスに常時漢方の臭いを嗅がせます。すると内服で一番有効であった柴苓湯はまったく無効で、当帰芍薬散の臭いは心臓の拒絶を起こしませんでした。漢方の臭いも確かに有効だったのです。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/24886081

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22564627

【実験 おまけ】

臭いで効いたのであれば、音楽も聴くかもしれません。音響刺激も嗅覚刺激もともに大脳に作用します。そこでマウスにいろいろな音楽を聴かせました。なんとオペラ椿姫がとても有効で、エンヤ、津軽海峡冬景色、尺八、工事現場の音、地下鉄の騒音、小林克也の英会話、そして単一ヘルツの様々な音はどれも無効でした。こんな実験で2013年にイグノーベル医学賞をハーバード大学で頂きました。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22445281

漢方は、症状とそれを解決する生薬の足し算である漢方の相関の知恵なのです。そこにサイエンスはないように思えますが、現代のサイエンスの知恵をからめると、しっかりとしたストーリーが発見できます。漢方は確かに効いているのです。

「これからの漢方も足し算の叡智」と思っています。これからは西洋薬や新しい生薬、新しく効果が発見された生薬との足し算を極めることが大切と思っています。漢方の魅力は尽きません。そして永遠です。