生薬の歴史

生薬の歴史

生薬の歴史を見る上で大切な本はふたつです。中国でもっとも古い薬物書といわれる神農本草経と中国史上で最も分量が多くかつ内容が充実していると言われる本草綱目です。

神農本草経は後漢から三国の時代に成立したと言われる中国の本草書ですが、実際の撰者は不詳です。365種の薬物を上品・中品・下品の三品に分類して記述しています。上品は無毒で長期服用が可能な養命薬、中品は毒にもなり得る養性薬、下品は毒が強く長期服用が不可能な治病薬としているのです。

上品には、甘草、桂皮、人参、山薬、大棗、胡麻、地黄、五味子、滑石、菊花、天門冬、朮、牛膝、麦門冬、独活、車前子、木香、薏苡仁、沢瀉、遠志、細辛、黄連、黄耆、防風、茯苓、辛夷、杜仲、竜骨、阿膠、牡蛎、などが載っています。

中品には、当帰、川芎、柴胡、芍薬、葛根、乾姜、麻黄、石膏、栝楼根、知母、白芷、黄岑、防已、梔子、竹葉、呉茱萸、枳実、厚朴、猪苓、桃仁、杏仁、などが載っています。

下品には、大黄、附子、半夏、黄柏、桔梗、 旋覆花、連翹、蜀椒、などが載っています。

維基文庫というサイトに神農本草経があります。これを見ると神農本草経の概観がわかります。
https://zh.wikisource.org/wiki/神農本草經#上卷

また、国立国会図書館デジタルコレクションで「神農本草經3卷」を見ることができます。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2535673

本草綱目は明朝の李時珍(1518~1593)が執筆した薬物書です。全52巻、収録薬は約1900種類です。

維基文庫というサイトに本草綱目があります。https://zh.wikisource.org/wiki/本草綱目
これを見ると本草綱目に登場する生薬が概観でき、また巻名から生薬をクリックすると、それぞれの生薬の詳細な解説に辿り着けます。中国語での記載ですが、概観はわかりますし、グーグル翻訳を使うと更なる情報が得られます。興味がある方は挑戦してください。

また、国会図書館デジタルコンテンツで本草綱目を見ることができます。

最近、一流英文誌GUTに肝臓癌のランダム化試験で好成績が載った抗がん生薬(本邦では食品分類)であるフアイアも実はこの本草綱目に記載があるのです。

本草綱目第21冊
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1287102?tocOpened=1
でコマ番号71を左上で指定します。すると、左側ページの真ん中の一番上、「檀」の項目が始まる一行右に「槐耳」という漢字があるのが解ります。(フアイアは”槐”の老木に生えるキノコ=”耳”です。)当時は悪性腫瘍という概念がないので、当然ながらフアイアが悪性腫瘍に有効とは書いてありません。

さて、神農本草経がもっとも古い薬物書という記載は正しいのでしょうか。まず、1800年前には、実は紙が普及していません。僅かに使われていたとしても現在まで残っていません。今年5月に北京に出張に行った時に、天安門広場に面している中国国家博物館に行ってきました。そこで陳列されていたのは中国最古のSized Paperで384年のものでした。1928年にトルファンの遺跡から発掘されたのです。つまり、1800年前の紙に書物は現存しません。国会図書館で見ることができる紙に書かれた書物で古いものはほぼすべて写本です。ですから、写本がどこまで執筆当時と同じであるかは不明なのです。そして言い伝えられている年代に存在していたかも実は不明なのです。

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昔は、紙ではなく、竹や木に墨や漆で文字を残しました。それを竹簡とか木簡と呼びます。そんな昔の竹簡や木簡があると「本当に現存していたのだ!」との確信に繋がります。同じ博物館にあった老子の木簡です。これは1993年に湖北省で出土したものです。

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昔を辿ることは、実は相当むずかしいのです。今残っている写本は紙と印刷が普及した宋代以降のものです。多くは明朝や清朝のものです。そして絵や図として残っていることは少なく、多くは字の羅列です。写真も存在しない、DNA鑑定もない時代が残した生薬の説明が、現在の生薬とまったく同じかは不明なのです。生薬は植物ですので、産地や年代によって異なると思った方が正しいのかもしれません。

そんなことを記載している文章で僕が気に入っているのは清水藤太郎先生の文章です。清水藤太郎先生は大塚敬節先生と同時代の人で、2人は親友です。

漢方薬は動植鉱物界から得た生薬であるが、その名称と実際の動植物学上から見た名実とは必ずしも一致しない物が多い。漢方薬は中国から来た漢名と、日本名(和名)があり、日本で作った漢字名(川骨)があり、漢方にも和名に常用される別名(異名)がある。中国においては漢時代から、晋唐宋、金元明清と一千数百年を経過する間に、名と実が混乱し、各地において別名が生じ、別名が正名となり、代用品が真正品となり、真正品が代用品となり、これを受けてわが国においても漢名、和名、これに応ずる原植物も変更され、名と実を確認することが甚だ困難なものとなった。従って今日本で使用する、又は中国で使用するからといって、それが正真の漢方薬なりや否やが疑問となっているものがなかなか多い。清水藤太郎 (薬局の漢方 南山堂 2p)

つまり、古典を紐解くことは楽しいのですが、大切なことは今ある生薬が、今ある病気や訴えに有効であることなのです。