華岡青洲の里・和歌山県紀の川市を訪ねて【中山今日子先生寄稿】

華岡青洲の里・和歌山県紀の川市を訪ねて【中山今日子先生寄稿】

6月中旬、医聖 華岡青洲生誕地の和歌山県紀の川市の「道の駅 青洲の里」を見学しました。

関西国際空港から車で約1時間くらいの場所にあります。JR和歌山駅からJR和歌山線で約40分の名手駅から徒歩30分。

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関空からの位置

*関空から。

5月上旬は藤棚、7月には大賀ハスが楽しめます。ちょうど間の時期ですが、柿の木が小さくて硬い青い実を沢山つけていました。

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プチトマトくらいの青い柿の実 スクリーンショット 2019-06-26 10.14.10

とても眺めがよくのんびり時間が過ぎていきます華岡青洲は、母親と奥さんの献身的な協力の下、マンダラゲを主成分とする麻酔薬「痛仙散」を完成させ、文化元年(1804年)世界初の全身麻酔による乳がん摘出手術に成功した人として知られています。その後華岡流医術は全国各地に広がり、我が国における外科医学の発展に多大なる功績を残しました。

展示室では、華岡青洲ゆかりの様々な遺品や資料を展示しています。彼が築いた華岡流医術の一端を垣間見ることが出来ます。全国から青洲のもとに2,000人近い弟子が集まってきました。青洲は修行を終えた門下生たちに免状を与えましたが、その際に教えをみだりに他人に教えないことを誓わせた「奥伝誓約文之事」を提出させました。手術道具やこのような資料が展示されていました。

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◉華岡青洲の診療所兼医学校 春林軒

華岡青洲が全身麻酔による乳がん手術を成功させた後、全国各地から集まってきたのは患者さんだけではありませんでした。青洲の華岡流外科を学ぶために、たくさんの入門希望者が青洲の元に集まってきました。青洲は建坪220坪の「春林軒」を診療所兼医学校として建てました。春林軒は大正時代に移築されましたが、平成9年に建築当時の場所に復元され、現在では青洲の偉業を顕彰する「青洲の里」の見どころとなっています。

※「通仙散」がどんな処方だったかは、今もはっきりとはしません。

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◉有吉佐和子さんの小説 『華岡青洲の妻』が 1966年に発表されました。この作品により、医学関係者の中で知られるだけであった華岡青洲の名前が一般に認知されることとなりました。 Amazonの紹介文には次のように書かれています。

江戸後期、世界で初めて全身麻酔による手術に挑んだ紀州の名医青洲。 一人の天才外科医を巡る嫁姑の凄まじい愛の争奪。 テレビドラマ化、舞台化の定番、人気不動の一冊。 世界最初の全身麻酔による乳癌手術に成功し、漢方から蘭医学への過渡期に新時代を開いた紀州の外科医華岡青洲。その不朽の業績の陰には、麻酔剤「通仙散」を完成させるために進んで自らを人体実験に捧げた妻と母とがあった―― 美談の裏にくりひろげられる、青洲の愛を争う嫁と姑、二人の女の激越な葛藤を、封建社会における「家」と女とのつながりの中で浮彫りにした女流文学賞受賞の力作

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