松田邦夫先生の陪席で知る「漢方理論を振り回すのは漢方の藪医者?」の理由

松田邦夫先生の陪席で知る「漢方理論を振り回すのは漢方の藪医者?」の理由

先日、松田邦夫先生の外来に陪席(ばいせき)した時のお話しです。まず、陪席とは横に座って、診察の様子を拝見することです。松田邦夫先生は僕の師匠で、松田邦夫先生の師匠は大塚敬節先生です。そして、松田邦夫先生の御尊父は蒔絵の人間国宝の松田権六翁です。

今日は、松田権六翁のお弟子さんの人間国宝の方から紹介された患者さんがいらっしゃいました。美術関係のお仕事をされている中年のご婦人です。特段の訴えはなく体質をより良くするために漢方薬を飲みたいというご相談でした。

十分にお話しを伺い、その後の腹部診察を終えて、松田邦夫先生は、「漢方薬を飲む必要はありません」とその患者さんに告げました。「あなたは十分に元気ですから、漢方薬を飲む必要はありません。また体調が悪くなったら、お越し下さい」と再度、念を押されました。

僕は還暦を超えても毎月数回、松田邦夫先生の外来には陪席に伺っています。その理由は勉強になるからです。今日の収穫は、元気であれば漢方薬は不要という当たり前のことでした。しかし、この当たり前のことが実はなかなかできないのです。「折角、漢方薬を求めてきたのだから、からだに良さそうな差し障りのないものでも処方しようか?」といった思いが空をよぎるはずです。

松田邦夫先生は「漢方薬は食事の延長」とよくお話しされます。その理由は、西洋薬は継続投与か継続中止かを悩めば、中止します。漢方薬は継続投与か継続中止かを悩めば、続行です。それは、西洋薬は両刃の剣にて、悩めば中止だからです。一方で漢方薬は食事の延長なので、悩めば続行なのです。西洋薬も漢方薬も治れば中止です。ともに薬剤ですからなるべく中止したいからです。

同じように薬を始めるときも、西洋薬の投与を悩むときは投与しません。漢方薬の投与を悩むときは投与します。西洋薬は両刃の剣で、漢方薬は食事の延長だからです。つまり漢方薬は西洋薬よりも中止のハードルも、開始のハードルも低いのです。しかし、不必要であれば西洋薬であろうが、漢方薬であろうが不要です。この当たり前の対応ができる医師は実は少ないと思っています。

そして、患者さんが帰られた後に、松田邦夫先生からの貴重なお話しがありました。漢方の藪医者ほど、よくわからない漢方理論を振りかざして、そして漢方薬を投薬するというのです。今回の患者さんの場合は、お話しを聴いて、腹部診察が終わった後に、「お元気そうですが、脾胃(ひい)が虚していますね。そんな状態に効果がある漢方を処方しましょう。」と言えばいいのです。そして再診時に、同じような診察をして、「初診時に虚していた脾胃は大分よくなりましたね。しかし、まだ不十分ですからもう少し漢方薬を飲み続けてください。」と言い添えればいいのです。患者さんには自覚的な症状や訴えはありません。

そして虚していた脾胃がもらった漢方薬で治ったと思わせることができれば、名医の誕生になります。そんなことを誡めるお話しをして頂きました。そして、書棚から江戸時代の名医、亀井南冥(1743〜1814)の古今斎以呂波歌を開いて、いくつかを解説して頂きました。「不切者な医者ほど陰陽や肝木脾土と理屈張る」の部分を開いて、藪医者ほど陰陽や肝木脾土と言った漢方用語を振り回すのだという解説でした。そして別のページを開いて、「論説を止めて病者を師と頼み夜を日に継いで工夫鍛錬」を指して、正しい漢方医はこうするべきだと言うのです。

漢方用語を振り回して、自分で自分の診察に酔っているようでは意味がなく、医者はただ患者の訴えを治せばいいという教えでした。そんな事情で、今日の患者さんには漢方薬は処方されず、患者さんは元気に松田クリニックを後にしました。僕もこれからも松田邦夫先生にすこしでも近づくべく日々の勉強を重ねようと自分の勉学姿勢を再確認したのです。