漢方処方のデジタル化はまだまだ!? 加味逍遙散を例に解説

漢方処方のデジタル化はまだまだ!? 加味逍遙散を例に解説

世の中で更年期障害とか自律神経失調症と診断されている人、自分でそうだと思っている人はほんとうにたくさんいます。そしてそんな人の強い味方が漢方薬で、ファーストチョイスは加味逍遥散(かみしょうようさん)です。ファーストチョイスというよりも断トツに加味逍遥散が有効と思っています。

むかしの漢方の名医は、「先生、くすりが効いていないようなので、変えて頂けますか?」と懇願されると、「わかった。わかった。」と返事をして、同じ処方を続けたそうです。そんな芸当が出来るのは煎じ薬だからですね。煎じ薬は複数の刻んだ生薬が1日分として一緒に袋詰めされているので、「同じように見えるけど、変えてくれと先生に頼んだのだから、ちょっとは変わっているのだろう」と思わせることができたのです。これは僕の漢方の師匠である松田邦夫先生の師匠、大塚敬節先生のお話しです。

ところが、今はエキス剤です。携行に便利で、飲むのも簡単です。しかし、番号や名前が振ってあるので、すぐに同じ薬剤だと解ってしまいます。ですから、加味逍遥散をずっと続行したいのですが、致し方なく一時変更します。女神散(にょしんさん)、柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)、抑肝散(よくかんさん)などです。そしてそれぞれが無効なときはまた加味逍遥散に戻すのです。つまり基本は加味逍遥散なのです。

ともかく、加味逍遥散を長く飲んでもらいたいのです。なんとか不満が多くても長く飲ます方法はないのだろうか。また加味逍遥散タイプ、つまり加味逍遥散が効く人を選び出すデジタル的な指標はないだろうかと以前から思っていました。

そんな時に出会った一つの検査がCVRRです。CVRRとはCoefficient of Variation of R-R intervalsの略で、心電図のRR間隔を測定して、その揺らぎを見ています。揺らぎが多い方が心臓の副交感神経が有意とわかり、交感神経が有意になると揺らぎは少なくなります。もしもみなさんが動脈硬化や血管年齢を測定する機会があれば、その機械に測定のソフトはすでに入っていますのでCVRRを測定し、結果を簡単にプリントアウトすることができます。(医師や技師さんがそんなことを知っていればのお話しですよ)

CVRRの計測には不適切な期外収縮などの心拍は削除して、100回の有効心拍数を測定します。そしてその揺らぎが数字として出てきます。僕の外来でほぼ全員のCVRRを測定しましたが、加味逍遥散タイプの人では概してCVRRは3以下になります。そして加味逍遥散を内服しもらって症状が良くなるにつれて、CVRR値は大きくなっていく、つまり改善するのです。

そこでこのCVRR検査の結果を加味逍遥散タイプの人に使用します。患者さんが症状は変わらないと訴えても、CVRR検査をして、「以前よりCVRR値は大きくなっていますよ。漢方が効いている証拠のひとつです。もう少し続けましょうね」と言えば良いのです。患者さんには「心臓の脈は心に余裕があると、揺らぎの幅が大きくなるのです。あまりにも規則正しく、正確に打つ脈は心が緊張している証拠のひとつなのですよ。軍隊の行進みたいなもので、できれば小学生の行進のように少々ばらばらがいいのです。」なんてよくわかる様な、わからない様な説明もします。

さて、CVRRのデジタル的説明で結構患者さんは満足します。CVRRは今風の検査です。しかし加味逍遥散タイプの人が、加味逍遥散の内服で良くなっていくとCVRR値は増加します。つまり心拍の揺らぎが大きくなるのです。

ひとつの理由は呼吸だと思っています。深い呼吸ができるようになると、浅い頻呼吸に較べると、胸腔内圧の変動は大きくなるので、心拍数に差が生じます。その結果当然としてCVRR値は大きくなるのです。つまり、僕の理解は呼吸が深くゆっくりになることとほぼ比例しているように思えるのです。こんな呼吸の具合はCVRR検査を用いなくても診察室での患者さんの全体像から掴めるものです。患者さんの観察眼に優れている医師は、そんな視点からも自然と理解できていたのでしょう。CVRR値はそれを患者さんにわかりやすく示していると思っています。

また、以前の僕の外来では、CVRRの測定を兼ねて、同じ器械でABIと血管年齢が測定していました。またインボディという体組成計も測定していました。デジタル的な説明をおまけでしていたのです。患者さんには好評で、やはりかまってもらった感が増すのです。患者さんが極端に多いときなどは、こんな器械での測定を外来で行うと、少々待ち時間が長くなっても不満は出ません。

なにもされずに待たされるのと、検査をしながら待っているのではまったく患者さんの満足感が異なります。僕の外来では無料でこれらの検査を僕の隣の診察室で看護婦さんが行ってくれました。今はたくさんの経験を積んだので、そんな機械を使用することはなくなりました。

インボディは体組成計です。この検査をやり始めた理由は、一番頻出する漢方用語である虚実がせめてデジタル化できないかと思ったからです。僕の理解は消化機能が良好で筋肉質でいろいろなストレスを我慢できる人、そして麻黄が飲める人が実証です。その逆が虚証です。僕の講演会ではザックリと麻黄が飲めれば実証、飲めなければ虚証と説明しています。ですから、体組成計で筋肉量を計り、麻黄剤を飲んでいる人と飲んでいない人で、筋肉量に差が出ることを期待したのです。ところが、差はありませんでした。

いちばん比例したのは本人から受ける元気度です。つまり本人か醸し出す元気なオーラ、それが実証という結論に達しました。デジタル化はこの研究では失敗でした。それも当たり前で昔から「虚実は移ろう」と言われます。つまりいつもは麻黄湯が飲める人も、体調が悪いと飲めない事もある。いつもは麻黄湯が胃に障る人が、ある状態では麻黄湯を飲めることもあるのです。そうであれば、簡単には変化しない筋肉量で虚実が規定されることはないのでしょう。やはり元気なオーラが実証といった結論になりました。まだまだ漢方的な概念をデジタル化するのは簡単ではないと思った次第です。